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キーライム通信思い出話

今月も編集部員持ち回りでキーライム通信15周年記念の思い出話を書きたいと思います。90年代半ばまではそのころ日米ビジネス会員を中心とした日米協会があり、タンパベイには一時JETROのオフィスがあったほどで、そのころの私の楽しみは月一回の日米協会の主催して下さるレディースランチョンでした。

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その中で知り合ったのがのり子さんでした。まさかその頃は、こののり子さんがキーライム通信の核となってがんばってくれることとなるとは想像もしていませんでした。日本のビジネスの撤退とともに、レディースランチョンなども無くなり始めた頃、たまたま電話をくれたのり子さんと「日本人も、日本のものも少ないこのタンパベイでお互いの情報を形に残しておいて他の人たちにも知らせることが出来ればいいね」と話し合ったのがきっかけでした。発足にあたって三樹さんを入れた3人で話し合い、まずは手探りで始めてみることになりました。先月ののり子さんの表紙のコメントにもありましたが初期の頃はまだパソコンを持っている人も少ない、ましてや日本語でとなると大変で、3人がそれぞれ異なるフォントで書いた記事を紙に切り貼りしていましたので、今見ると1ページにいろいろなフォントが使われていて、昔の小学校の学級新聞の様です。

 

まだみんな使い始めたばかりのインターネットで日本の情報を仕入れるのも新鮮で、色々なことを試しながら、なんだかいつも楽しみながら続けていました。そうしているうちに、きびだんごもさげていなかったのに、仲間になって一緒に協力しましょうというかこさんと、寿美さんが現れ、それぞれの力が合わさってだんだん形になって行きました。さらに、毎月のレシピやお店情報、地元情報等には読者の皆さんから地元ならではの絶対にほかの情報誌では入手出来ない様な貴重な情報も続々と集まり、今では私たちにとって箱一杯の宝石の様です。さらに近年では亜矢さんを編集部員に迎えることでぐっと平均年齢が若返り、私たちが「私たち」という時にはいちおう亜矢さんの年のつもりです(きっぱり)。

 

この長い間に、たくさんのことも色々な方々から教えていただき、多くの友人を得て、中にはもうタンパベイからお引っ越しでいなくなってしまった方々も多くいらっしゃいますが、皆さんと過ごした時間というのは一生の宝物です。これからもずっと応援して下さっている皆さんと色々な活動等を楽しむとともに、新しくいらっしゃった方々の交流の場にもなって欲しいと願っています。

 

キーライム通信はいつも皆様から新しい「風」を吹き込んでいただくのを楽しみにしていますので、情報やご意見がおありでしたらお気軽にご連絡下さい。これからも末永く宜しくお願いいたします。

 

                       (山﨑由紀子記)