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被災地からのお便り(その9)

今月号では2011年6月1日~3日付けの村上さんからのお便りを紹介いたします。
            


XX 様
本日6月3日午後、広田中学校の校長先生にXX様のお話をしてきました。
広田中学校の校長先生とは、賢(高校生)が中学3年の7月にマニラ日本人学校から転校した時に知り合いました。


XX様の事を話しましたら、本当にありがたいことですと言っていました。 校長先生も、義援金、募金、(正式にはどのような名称が良いでしょうか?)を振り込んでいただく口座を今月中に作るそうです。

 

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 同校長の話では、教材費など各生徒から集金しなければいけないものが数あるそうですが、今は、仕事もなく苦しい家庭が多いので、個人負担させたくないそうです。 市教育委員会や、県の補助などは、罹災証明書がある家庭が対象で、家は無事でも収入が無い家庭などは難しいそうです。 いただいた義援金などを、そのような目的で使用したいと言っています。 口座を作るそうですので、少々待って下さい、との事でした。

h1.jpgまた、XX様のメールアドレスをお渡しいたしました。ただ、中学校も、小学校と同じで、固定電話も、インターネット回線もまだ、つながっていません。 インターネット回線が使えるようになりましたら、メールするそうです。 また、中学校の生徒とそちらの学校の生徒とのインターネットでの、交流も考えてはと伝えました。私も、XX様やMrs.F様とメール交換が出来てうれしく思っております。 それから、親を亡くされた生徒について、あしなが育英会が
特別一時金を出すことを伝えましたら、既に対象の生徒からは申請が上がってきているそうです。(中学校も対象生徒の事をよく見ていました。)

このように小学校も、中学校も募金の受け入れに前向きに動き始めております。 やはり、今、一番の問題点は、インターネット環境が無いことのようです。 各種支援の情報や発信ができないのが良くないですね。 仮設住宅も電話がまだ開通していません。 予定では、6月7日ごとと言っていました。 多分その頃からインターネットがつながる
と思います。 でも、パソコンを持っている人がどれだけいるのか?それが疑問です。 本部には、ボランティアの方が置いて行かれたノートパソコンがありますが、本部よりは有用な情報が出てきません。あるのは、イベントのお知らせのみです。津波の写真を送信するのに、一日かかる環境では、なかなか有用な情報を見ている時間も無いのが現状です。

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6月3日
陸前高田市立広田町学校 避難所内
村上善彦

 

 

水タンク(上右)は、ユニセフからの提供のようです。 h3.jpg              

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下の写真は、叔父がカキ養殖に使っていた船です。 津波で陸に打ち上げられ、船底に穴が開きました。修理して使うそうです。親父の船もあったのですが、津波で何処に行ったか? 見つかっておりません。

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右の碑は、明治三陸地震の時の津波が来た高さを表しています。 例年避難訓練は、この階段から見ていましたが、今回の津波の高さは、この地点の倍の高さまで到達しました。

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熊谷テエ子さん(同室の班長さん宅)の家は、何とか原型を保って居ました。 全国から来たボランティアの力を借りて、ガレキの撤去作業。 家の中の片づけと、津波で流された屋根瓦の並び替えと、ブルーシートの設置もして下さいました。 本当に、頼もしい限りです。

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6月1日
陸前高田市立広田小学校 避難所
村上善彦

 

 

 

6月2日 木曜日
食後、妻と共に、綾里の親戚宅に行き、津波のあとの使える洋服や、毛布等の洗濯をしました。

 

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6月4日 土曜日
神奈川県警のお兄さん達、朝から子供の相手、お疲れさまです。10時40分ごろ、ホスピスの会の方々から、コーヒーやお菓子をご馳走になりました。

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(三月号に続く)

 

フィカラかこ