
九月は昔の日本では「長月」と呼ばれましたが、
その名前の由来には、
稲刈月(いなかりづき)や
稲熟月(いなあがりづき)が
変化したという説
― 稲の収穫期にあたるため ― があります。
そこで、少し趣向を変えて、
稲刈月にちなんだストーリーを
記させていただきます。

* * *
朝靄が薄く立ちこめる田んぼ一面が、
まるで金色の海原のように輝いていた。
稲穂は重たげに首を垂れ、
わずかな風にも揺れて、
波のようなうねりをつくる。
その波間を渡るのは、
熟れた稲の甘い香りと、
刈り取りの始まりを告げる太鼓の音 ──
ドン、ドン、とゆったり響く。
村人たちは色あせた手ぬぐいを額に巻き、
鎌を手に田に入る。
「今年も無事にここまで育った … ありがたいことじゃ」

年老いた百姓が、
稲を撫でるように手で確かめると、
鎌をすっと差し入れる。
シャリ、シャリ ──
規則正しい鎌の音が、
あちらこちらから聞こえてきた。

子どもたちは小さな手で落ち穂を拾い集め、
籠に入れては笑顔を見せる。
「おっかあ、これも神さまに持ってくの?」
「そうだよ。神さまが来年も田んぼに戻ってくださるようにね」
母親はにっこりと頷きながら
稲束を背に抱えた。
刈り取られた稲は、
一部を選んで丁寧に束ね、
白布で巻かれる。
それらは村の鎮守の社に運ばれ、
神前に供えられる「抜穂(ぬいぼ)」だ。

社の前では、祭りの準備が進み、
女たちは新米で作った団子や栗ご飯を並べていく。
香ばしい湯気と笑い声が混じり合い、
村全体が収穫の喜びに包まれた。

やがて、日が傾くと、
山へ向かう「田の神送り」の行列が始まる。
子どもたちは竹灯籠を手に、
若者は太鼓を打ち鳴らし、
年寄りは口々に祝詞を唱える。

「田の神さま、今年もありがとう。
来年もまた、春においでください」
山道を登るにつれ、
空は群青色に染まり、
虫の音がひときわ響く。
やがて、行列が山の入り口に着くと、
祭主が神酒を捧げ、
稲束をそっと置く。

その瞬間、吹き抜ける秋風が、
まるで神が山へ帰っていくのを見送るかのように、
稲穂の匂いを運んでいった。
こうして村は、再び冬支度へと向かう。
けれど、誰もが知っている ──
春が来れば、
また田の神は笑顔で里に降りてくるのだ、と。
* * *
このようなストーリーを魂が共鳴できるのは、
やはり、日本で生まれ育ったからだと思うと、
日本人として生まれたことに、
感謝の気持ちが溢れます。
フィカラかこ 記
