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特集:ルーツを探る

Who Do You Think You Are ? 日本語で解りやすく言えば「あなたのルーツがどこにあるか」と題するようなテレビのエピソードをご覧になりましたか? アメリカのセレブが先祖を調べる為にあちらこちらと親戚の足跡を辿って旅行し家系図を作って見ると言うリサーチ物語です。ブルック・シールズ(モデル、女優)が驚いたことに、昔のフランス王の血を引いている事とかスパイク・リー (黒人俳優、映画監督)が約150年前に奴隷であった先祖の地を訪ね「この土、自分も今ここで同じ土を握る」といった様な胸を痛ます場面などがありました。

我が家でも家族揃って家系図には興味を持っており、その調査の為に主人と私はエリス島*へ行ってきました。エリス島はニューヨークのシンボルである自由の女神の島のすぐ隣に位置しており観光客で一杯でした。エリス島は1892-1954年までアメリカ移民管理局が置かれていたところで現在では博物館となっています。フィールドトリップで来た小学生達は、ヨーロッパなどからの移民の歴史を勉強していました。博物館の展示は移民希望者達が生活困難から脱走していかにアメリカに頼って来たかを描き出しています。懸命に積み上げた船賃で母国を後に夢のアメリカに上陸はしたがはたして移民局の検査で受かるかどうかの恐怖心はどんなものだったか。昔の日本で言った「関所」にちょっと似た感じを受けました。

 

 

1910年頃までは1日に3,000~5,000人の移民が通過していたそうです。日本からの移民は殆どがサンフランシスコに入港したようです。主人の祖父母もその頃、約2週間かかってイタリアからこのエリス島に上陸したのです。今でこそ博物館に身代わりしているこの館のベンチに座って名前を呼ばれるまで胸をドキドキさせていたのだろう。主人と私はベンチに座ってみました。

 

 

各展示室を廻った後、外に出るとWall of Honor 敬意を表する壁がありエリス島を通って来た自分の先祖の名前を壁に表示する事が可能です。但し申し込みには一定の金額を添える事になります。これは定期的に更新されるそうです。

 

 

ありました!ありました、私達の苗字が壁に刻まれていました。きっと親族に違いない、然しどのように血が繋がっているのか。これまた先のリサーチになります。館内ではネットで自分の系統をリサーチする施設やインフォーメーション デスクなどがあり情報を獲得する事が出来ますが、調査の基本になるのは苗字です。

 

 

祖父母はエリス島で入国しニューヨークで生涯を終えましたのでお墓参りをして来ました。昔あっての今です、祖先あっての私達です。 私のルーツは、と考えて見た事はありませんか?日本の記録は江戸時代末期から始まったようです。アメリカはマルチカルチャーで世界中の人々の集まりであるだけに複雑です。将来、行く末には日本から血を引いた私の名前さえどこか家系図にでるのでしょうか。

 

 

我が家のリサーチで現在まで解った事は:祖父母の生年月日、結婚証明、子孫、イタリア(ナポリ)出港日、船名、アメリカ入国許可書、職業、市民権申し込み、ソーシャルセキュリテイ番号、死亡、その他の系統に繋がる、伯父叔母、リサーチに寄って知り合った遠い従兄弟達、他の血縁者達等です。

 

*祖母の入国は旧姓であったがヨーロッパではそれが一般的だったそうです。

 

*入国の際に言葉が通じなく名前のスペルなどには間違いが発生している。

 

*ancestry.com  とかAncestor Search などで、ルーツを探ることもできます。

 

投稿:Nobuko (Kathy) Plantamuraさん (のぶ子さん、貴重な経験をシェアして頂き、有難うございました。) 

 

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      エリス島:エリス島は、1892年から1954年にかけて、移民の受け入れに大きな役割を果たした場所である。1200万人以上の移民がここに上陸した。ここには移民博物館がある。 アトラクションとしては、• 賞を取ったドキュメンタリー映画「Island of Hope, Island of Tears.」• 展示品数々、工芸品、写真、印刷物、ビデオ、インタラクティブ展示物、口頭伝承など。アメリカ移民を記念する壁には600,000人もの移民の名前が刻まれているアメリカ移民家族の歴史センターでは、エリス島に入港した船に乗っていた乗客やクルーの記録を見ることができる